2019年11月16日

ビクトリア11/13川崎公演終わりました

今週の水曜日に川崎公演も無事に
終えました。
この日も当日券を10枚近くお求め頂きました!
感謝です。
教会とはまた異なる響きも楽しんで頂けて
よかったです。

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11/11同様この日の終了後にも、
レクイエムだけでなく前半に演奏したモテットも
素晴らしかったというお言葉も頂きました。

6人で6声のビクトリア。
今考えても、しばらくは歌いたくない(笑)
というのが本音ですが、、、
でも、その音楽はすばらしい。
自分がしなくとも、これからもたくさんいい演奏が
されてほしいと思います。

素晴らしいものと出逢うこと。
先日見たテレビでも、ストラディバリウスの楽器と
出逢ったヴァイオリニストが、その楽器の求める音を
奏でるために身体を鍛え始めたんだという話を
聞きました。
素晴らしい音楽や共演者、楽器と出逢うことは
自分を変え、磨きます。

今回ビクトリアの音楽を歌う上でも、個人的には
様々な課題を突きつけられました。
どう長いフレーズを歌い切るか。
ただノンブレスで歌うことではない。
理解するだけでなく身体技術的にも、体力的、
精神的な要素においても音楽に求められる。
言葉のリズムも。
音程感も。
完璧に演奏できることなどありえないけれど、
それでも今回様々な瞬間には
求められていると思われる響きは
体現できていたと思います。


さて、次回は再び”知られざる作曲家シリーズ”
に戻ります(笑)。

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スカンデッロ「ヨハネ受難曲」 
〜 16世紀ドレスデン宮廷 ルター派の受難曲とモテット 〜

2020年
3月25日(水) 19時開演(日本福音ルーテル東京教会)
3月28日(土) 14時開演(日本福音ルーテル小石川教会)

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そもそもこのScandelloの作品に興味を持ったのは、
今年春にLassoのマタイ受難曲の形式について
調べている時でした。

バロック時代以降の受難曲を普通と感じている我々は、
イエスもペテロも当然一人が歌うものと思い込んでいます。
Lassoの受難曲でもイエスの言葉に彼は音楽を
つけていないので、伝統的な朗唱で歌われたものと
推測できますが、その一方で
わかるだけでも数人の音楽家は
イエスの言葉も多声化しています。

来年の次回公演にて参加できるベアータの5人で歌う上で、
声部的にも適しており、イエスの言葉も4声で歌われる
このScandelloの受難曲が興味深いと思い、企画しました。
バッハやシュッツの形式とはまた異なる形式の受難曲を
一緒に感じて頂けたらと思います。

個々人のスキルアップの必要性も感じている今日この頃、
また次回の春までさらなる新しい響きを追求していきます。
posted by おいおい at 12:39| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月12日

11/11公演に感謝

昨日は東京中央教会をお借りして歌わせて頂きました。
当日券も思いのほか出て、うれしい悲鳴でした。
ありがとうございました。

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先ほどBSのNHKで「もうひとつのショパンコンクール」
(2015)の再放送を見ていました。
調律師さんたちの闘い。
「闘い」と書くけれど、コンクールという場だから。
日の目を見ない場面で真剣に一音一音に懸ける人々が
いるのを私はこういう番組でしか知ることが
できません。

ジャンルは違えど、さまざまなことを考えます。
前にも見たことのある番組だけれど、今回思ったのは
(自分を含めた)歌手というのは演奏者であり、
楽器を調整する調律師でもあるんだなということ。
当たり前だけど。

自分の楽器を、時間をかけて作り育てるのは歌手。
しかし、その楽器も声も、
共演者や、聴衆、その空間に様々な影響を受け、
そして身体を離れ、空間に声が響いた瞬間に
それは自分たちの持ち物ではなく
聞いているそれぞれの人のものとなる。
いえ、そもそも初めから自分たちのものでは
ないのでしょう。

演奏後に頂いた感想やアンケートでもありがたい
お言葉をたくさん頂戴しました。
プロの演奏家で何度かこの曲を歌った方からも、
「客観的に聞くことでこの名曲を味わうことが
できたわ〜」とも。
「このような静けさを大切にする演奏会は
とても貴重です。」
アンケートにはお名前ありませんでしたが、
そういうお客様、皆さんのおかげで静けさが
共有できたのです。
また、この日ご葬儀に参列されていたという方は
特別な体験になりましたと書いて下さいました。
ありがとうございました。

自分を100%知ることができないように、
他人とすべて分かち合うこともできないのです。
だからこそ、共有できるその時間、空間の大切さ。

もう先日の台風19号から一ヶ月も経つのですね。
命も、建物も、自然も、大いに被害を受けた
あのできごと。
そういう客観的なできごと自体と、
そしてあの時自分自身が感じていた漠然とした
不安と恐怖を忘れたくないと思います。
もし台風の経路が違っていたら、自分の住まいも
含めどんな被害に遭っていたか、全く変わっていた
はずだから。
昔生きていた人々はメールもネットもスマホもなく、
嵐や病気、戦争、そして死というものが身近にあり、
そしてその中で存在した音楽というものの力を
信じています。

明日はまた昨日と違う響きになると思います。
川崎でのレクイエム、心をこめて歌います。

posted by おいおい at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

いよいよビクトリアとともに

いよいよ明日がビクトリアのレクイエム本番と
なりました。
今日は最後のリハに行ってきます。

今回あらためて筆者が思っていること。
書かれている音楽そのものに忠実に、
誠実に向き合うこと。
自分たちの限界もわきまえつつも
小手先に頼らず
書かれた音楽を理解し信頼して歌うこと。

名曲であればあるだけ何か必要以上に
「表現しなきゃ」と邪念が生まれやすいが、
たぶんその曲のあるがままで充分だと
最近思う。

ベアータで歌った中では今までにない名曲。
(他の作曲家たちよ、ごめんなさい)
ビクトリアに敬意を表しつつ、
そして先月の台風などで亡くなられた方々にも
心を寄せて歌わせて頂きます。
同じ時と空間を多くの方とともに過ごせることを
楽しみにしております。
当日券も大丈夫です。

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posted by おいおい at 09:29| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月17日

ジミ〜な私たちが歌うわけ

いよいよ次回の本番まで一ヶ月を切りました。
宣伝は…これからがんばります!!!

今回のプログラムは、「普通に」見えるかも
しれませんが、、
私たちにとってこの『「普通に」見える』曲目は
初めてなのです!

これまでも、
Kerle
Walter
Monte
Gallus(Handl)
Senfl
Bruck


と、
おそらく皆さんの知らない(我々も知らなかった(笑))
音楽家たちの作品を取り上げてきました。
また企画中の来年以降もこの路線を進めている最中です
ので、これだけメジャーな作品を取り上げることは
滅多にないことです。

* * * * * * * * * * *

我々が今回この作品を歌うことにした理由の一つは、
〜毎回集客に苦心していること、、もありますが(T▽T)〜
ある程度年数を重ねてきた、このアンサンブルが
有名な曲を歌うのを多くの方はどのようにお聴きになるのか、
という興味を持ったことにもあります。

毎回のコンサートではもちろんテーマを持って企画はして
いますが、それぞれの楽曲については、なるべく先入観を
持たずに音楽づくりをしています。
それというのも、それぞれの歌手が自主的に感覚を
開いて、知識や過去の経験で決めつけずに
"その瞬間瞬間において"、その空間を響かせていく
姿勢と環境が大切だと思うからです。

大合唱にしかできない演奏の素晴らしさもありますが、
ベアータのような1パート1人で歌うスタイルでは
その瞬間に感じたインスピレーションにおいて
互いに対話する音楽ができます。
そして、個人を表現していくのではなくて
常にそれを作った数百年前の音楽家と対話を
し続けること。

ジミ〜な(=安易なわかりやすさを求めない)私たちが
ビクトリア「レクイエム」という研ぎ澄まされた
大曲をどう歌うか、言葉では言い表せないからこそ
聴きにいらして下さい。
そして、願わくは
「歌ってみたい」
「また自分たちの合唱団で歌いたい」
「自分たちならこう歌いたい」
という気持ちになって頂けたら本望です。
posted by おいおい at 08:17| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月09日

11月ビクトリア&ワークショップ反省その2

前回に続き、11月のコンサートのお知らせです。
チラシ用に斉藤氏に書いて頂いた宣伝文をご紹介
させて頂きます。

* * * * * * * * * * * * * *

 カトリック教会で「死者の月」とされる11月に、凝縮し
た表現と高い精神性によって現代のわたしたちを惹きつけ
る名作、ビクトリアの6声のレクィエムをベアータ・ムジカ
・トキエンシスは演奏します。この作品は、後期ルネサン
スを代表する作曲家のひとりビクトリアの最高傑作とされ
ていて、19世紀から現在までに9種類の現代譜が出版さ
れ、30近くの団体によって録音されている人気作。彼が晩
年に仕え1603 年に亡くなったハプスブルク家の皇太后マ
リアの葬儀のために作曲されました。
 スペイン生まれのマリア・デ・アブスブルゴ・イ・アビ
ス(1528- 1603)は神聖ローマ皇帝カール5世の娘でス
ペイン王フェリペ2世の妹であり、従兄に当たる神聖ロー
マ皇帝マクシミリアン2世と結婚しウィーンに在住しまし
た。皇帝となった2人の息子、ルドルフ2世とマティアスに
大きな影響を与えたとされます。夫の死後はスペインに帰
国し、マドリードのデスカルサス・レアレス修道院に隠棲
しました。ビクトリアは、この貴婦人に仕える4人の聖職
者の一人であり、二人は精神的に深くつながっていたと言
われています。彼はこのレクィエムを皇太后の死からわず
か3週間で書き上げましたが、作曲が終わるまで皇太后の
葬儀は行われませんでした。
 1605年に出版された後、一時期は忘れ去られてしまっ
たと思われる作品ですが、19世紀半ばに「再発見」され
「ビクトリアの最高傑作にして、これまで書かれた宗教音
楽の最高峰」という評価を得ています。最新の研究成果を
参照しつつ、17世紀初頭のスペイン宮廷の精神世界を探求
し、蘇らせたいと考えています。(斉藤基史)
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もう過去なのに、筆者がワークショップ二日目のレッスン
で中途半端にお話ししたことなど、心残りもいろいろ思い
出します。。とりとめない話になったなあ(=△=)

例えば「歩くとき、どこが初めに動き出しますか?」
という話。ひざ、胸、あるいは軸足で蹴っています、とい
う方もいらした。
自分で言うと、脚を持ち上げるより先に軸足の足首や
ひざをやわらかくしておくと、重心を動かそうとするだけ
であまり「努力」することなく自然に前に動き出せるよう
に最近は感じる。
脚が先、でなく、重心移動が先。

さきの問いかけそのものに対する直接的な答えになってい
ないと思うが、答えではなく問いかけによってより深い
発見や考えを刺激するような時間にしたいと思って、、
でもそれらが果たして何か有益なことにつながるかは自信
はない("へ")〜***。

声を出す前に息が動く。
息を出す前に何かが動く。
気持ち。身体。深〜い奥のほうの何か。

記号になるまでの何か、は必要でないかもしれないのだけ
れど、われわれは大事にしたい。
見えづらい何か。
聞こえづらい何かに
耳をすませること。

以前伺ったヴァイオリニストの方の言葉でハッとした。
「楽器が喜ぶような演奏をしたい」

自分の身体に耳をすませること。
そして他者の声に。
作曲家の音楽に。


posted by おいおい at 12:11| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする